悠々トーク - YUYU TALK -

地中海の奇跡の島マルタ島への旅

7月の下旬、かねてより海外旅行嫌いの私が、意を決して遠くヨーロッパ地中海のへそ中心に位置するマルタ島の旅に出た。きっかけは、昨年ロンドンで結婚した次女の夫の両親から、ロンドンに行くついでにマルタへ寄りませんかという誘いだった。

 

気楽に快諾したものの、予定を確認すると、ロンドン着後に乗り継ぎ、マルタ航空で約3時間のタフな旅程。出発日が近づくにつれて、ややナーバスになったが、成田空港から、BAで一路ロンドンヒースロー空港に向かい飛び立った時から、とにかくこの旅を楽しもうと覚悟を決めた。

 

トランジットを含めて、成田を発ってから21時間後、マルタ時間で深夜12時半、無事マルタに到着。出迎えてくれたファミリーに心より感謝。マルサスカラにある両親の別荘で一息ついて、明日からの予定を聞くと、8日間ゆっくりマルタを堪能する計画と知り、内心ちょっと長いんじゃないのと思ったが、翌日からマルタ観光が始まると、その気持ちは吹き飛んだ。

 

 

マルタ共和国は、古代からヨーロッパとアフリカの接点で、数千年に渡る長い歴史の中で、様々な民族(フェニキア人、ローマ人、アラブ人、ノルマン人、スペイン人、フランス人、イギリス人)の支配を受けた。そのため、優れた文化遺産があり、聖ヨハネ騎士団の支配時代に美しい宮殿や教会、要塞や美術品が数多く生まれ、マルタは美術の至宝となった。

 

マルタ初日、私達ファミリー総勢8名は、大きなワンボックスカーで別荘を出発し、アラブ人の古都イムディーナに向かった。途中、タ・アーリ工芸村でマルタガラスの工房とショップ、金銀の線細工の店に寄って、マルタ十字のネックレス等、お土産を仕入れた。

 

マルタ人は観光地にも関わらず、13時になると夕方まで閉店し、ランチとシエスタを楽しむという。日本人には、理解しがたい習慣だが、この街にはそれが当たり前という雰囲気があり、食事も13時以降は、ほとんどのレストランも閉まってしまう。必要な物以外は、多くを求めない質素で清廉なカトリック信者の暮らす、美しい国。ビルや近代的な建物もなく、まさに中世にタイムスリップしたような街並みは、ずーといつまでも見つめていたくなる場所だ。

 

イムディーナの住民は、代々マルタの貴族階級が多く、14世紀から15世紀に建築された宮殿や邸館が保存されている。

 

 

入り組んだ細い石道に区切られた石造りの建物は、一様に扉が閉まっていて、何人たりとも寄せ付けない荘厳な雰囲気だ。建物の通りの狭い隙間から覗く空は、どこまでも蒼く、まったく雲のないポスターカラーを塗り付けたような碧空だった。

 

 

この地の大聖堂は、マルタ初といわれているが、イスラム人支配下で荒廃したため、ノルマン人が征服後、聖パウロに捧げられた新教会が建築された。その後も、地震などで全壊し、1702年マルタ人建築家ロレンツォ・ガファが設計し新大聖堂が完成した。1530年マルタに到着した聖ヨハネ騎士団は、内陸の丘の上にあるイムディーナより、ガレー船を敵から守るために港周辺に住むことを好み、この町と住人は騎士団兵から邪魔されることなく、平和に暮らすことができた。

 

マルタ初日の観光は、すべてが新しく、また古き良きものとの出会いとなった。

 

次回に続く。

 

 

コメント:

遠い異国への長旅お疲れさまでした。

 

マルタへの家族旅行が実現して素直に嬉しかったです。

 

普段と違う一面を垣間みれて改めてお互いを知る素晴らしい機会となったこと、共通の思い出ができたこと。こころの芯から強く温かくなりました。

 

たくさんの感動と素敵な思い出をどうもありがとう!

 

投稿者:トンプソン彩

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